東京地方裁判所 昭和56年(ワ)7056号 判決 1982年11月18日
原告
地原英樹
被告
ムサシ交通株式会社
ほか一名
主文
一 被告らは各自原告に対し金九九万八四九七円及び内金八四万八四九七円に対する昭和五〇年五月四日から、内金一五万円に対する被告ムサシ交通株式会社は昭和五六年六月二六日から、被告平野精三は同年七月六日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し金四三一万一八〇九円及び内金三九一万一八〇九円に対する昭和五〇年五月四日から、内金四〇万円に対する昭和五六年六月一五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに1につき仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
被告平野は、昭和五〇年五月四日午前九時二〇分ころ、営業用普通乗用自動車(練馬五五う二七二六号)を運転し、東京都武蔵野市吉祥寺北町三丁目六番一九号先の交通整理の行われていない交差点に扶桑通り方面から五日市街道方面に向つて差しかかつたのであるが、右交差点は左右の見通しが困難であつたから、自動車運転者としては、徐行したうえ、同交差点前方右側角に設置された偏角大型ミラーを利用するなどして左右道路の交通の安全を確認すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、制限速度(毎時三〇キロメートル)を超える時速約四〇キロメートルのまま漫然左右道路の交通の安全を確認しないで右交差点に進入した過失により、交差点左道路から進行してきた訴外平賀幸宏の運転する自転車を自車前部に衝突させ、よつて、右自転車に同乗していた原告に対し、加療四週間を要する頭頸部外傷、顔面挫創、上顎骨々折、歯欠損の傷害を負わせた。
2 責任原因
(一) 被告平野は、右過失によつて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条の責任がある。
(二) 被告会社は、被告平野の使用者であり、被告平野が被告会社のタクシー業務に従事中、本件事故を起こしたのであるから、民法七一五条の責任がある。
3 原告の損害
(一) 破損した自転車代金一万円
本件被害自転車は原告のために金一万五〇〇〇円で購入し、事故当時まで約一年間使用したものであり、その時価は金一万円を下ることはなかつたところ、本件事故により破損し使用不能となつたから、自転車代として金一万円の損害を受けた。
(二) 医療費、入院費
本件事故による原告の治療に要した医療費、入院費は、昭和五三年六月二三日までの分を被告らにおいて支払つている。
(三) 入院雑費 金一万〇五〇〇円
一日金七〇〇円として一五日分。
(四) 入通院交通費 金一万九六〇〇円
入通院中の自宅から病院までのタクシー代、電車バス代の合計額。
(五) 将来の義歯代及び処置料 金一一一万七九二二円
原告は、本件事故による上顎骨々折とそれに伴う歯欠損により目下仮義歯を着用しているが、今後一六歳時から一八歳時にかけ本義歯を入れることになり、その義歯代及び処置料は現時点で金六〇万円を要するところ、右本義歯は原告の一六歳時から六七歳時までの間少くとも四回は作りかえる必要があり、その義歯代及び処置料はいずれも金六〇万円を下ることはない。そこで、一回の義歯代を金六〇万円とし、一六歳、二六歳、四六歳、六〇歳の各時期に新しく義歯を作りかえるとして本件事故発生時から右各時期までの義歯代の中間利息を控除すると、将来の義歯代及び処置料は次のとおり金一一一万七九二二円(円未満切捨)になる。
一六歳時 600,000÷(1+0.05×8)=428,571
二六歳時 600,000÷(1+0.05×18)=315,789
四六歳時 600,000÷(1+0.05×38)=206,896
六〇歳時 600,000÷(1+0.05×52)=166,666
合計 1,117,922
(六) 逸失利益 金一八四万八四五七円
原告は、本件事故により八歳時から仮義歯を着用し、さらに一六歳時に本義歯を入れる必要があるが、義歯着用による発声、発音能力の低下はいうまでもない。今日、いかなる職種においても業務事項に関し口頭による発言、発表、報告等の機会が多く、この傾向は将来ますます顕著になることは公知の事実といえよう。したがつて、原告は、将来就職する職種自体極めて制限されることになり、仮に就職したとしても義歯による発声、発音能力の低下により労働能力に著しい制約を受けることは明白である。
原告の右後遺症は自賠責後遺障害別等級表一四級に該当するとの認定を受けており、その労働能力喪失率は五パーセントであるから、昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男子全年齢平均給与額から昭和五五年度における賃金上昇率五パーセントを加味したものを基礎収入として、ライプニツツ式計算法により中間利息を控除すると、本件事故当時における原告の逸失利益は金一八四万八四五七円になる。
(七) 入通院慰謝料 金四〇万円
(八) 後遺症慰謝料 金一〇〇万円
原告は、本件事故当時満八歳の健康な幼児であつたが、前記のとおり生涯義歯の着用を余儀なくされ、人前で大きな口も開けられないこと、発声、発音能力の低下により将来の就職について不安感があること、結婚に当つても著しく不利益な立場にあること、咀しやく能力の低下による消化器系内臓の障害発生のおそれがあること等を併せ考えると、後遺症慰謝料としては金一〇〇万円を相当とする。
(九) 弁護士費用 金四〇万円
原告は、本件訴訟を昭和五六年六月一五日原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用として金四〇万円を支払つた。
(一〇) 損害の填補
原告は、本件事故に関し自賠責保険から金四九万四、六七〇円の支払を受けたので、これを前記損害額から控除する。
4 よつて、原告は被告らに対し、損害金四三一万一八〇九円及び内金三九一万一八〇九円に対する本件事故発生日である昭和五〇年五月四日から、内金四〇万円に対する弁護士費用を支払つた日である昭和五六年六月一五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実中、原告主張の日時、場所において被告平野運転の自動車と訴外平賀運転の自転車とが出合頭に衝突したことは認めるが、その余は争う。
2 同2(一)の事実は争い、(二)の事実は認める。
3 同3の損害の主張については争う。ただし、原告が後遺症として自賠責後遺障害別等級表一四級に該当する旨の認定を受けていること、自賠責保険から金四九万四、六七〇円の支払がなされていることは認める。
三 抗弁
本件事故は交差点の出合頭の衝突であるが、原告側にも本件交差点に入る際、一時停止の標識が設置されていたのであるから、いつたん自転車を停止させ、左右からの車両を十分に確認すべき注意義務があつたのに、これを怠り、停止することなく漫然交差点内に進入した点に過失がある。
したがつて、原告の損害については過失相殺がされるべきであり、その割合は原告六、被告四とするのが妥当である。
なお、被告らは原告に対し、原告主張の損害金のほかに、治療費金四〇万八五九〇円、付添看護費金五万四三四七円の合計金四六万二九三七円を支払つている。
四 抗弁に対する認否
抗弁事実中、訴外平賀の過失を被害者側の過失として原告との関係で過失相殺することに異議はないが、その過失割合については争う。なお、被告ら主張のとおり原告主張の損害金のほかに金四六万二九三七円の支払がなされていることは認める。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告主張の日時、場所において被告平野運転の自動車と訴外平賀運転の自転車とが出合頭に衝突したことは、当事者間に争いがない。
本件事故の態様についてみてみるに、原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第一回)によつて原本の存在及びその成立とも認められる甲第一号証の一、二、第五号証、同尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第三号証、本件事故現場の写真であることは争いがなく撮影者、撮影月日については同尋問の結果(第一回)によつて認められる甲第六号証の一ないし三、同尋問の結果(第一回)及び被告平野本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、本件事故現場は、南北に通じる道路(幅員約五・三メートル)と東西に通じる道路(幅員は交差点東側が約七・一メートル、西側が約五・五メートル)とがほぼ直角に交わる交通整理の行われていない交差点であり、交差道路に対する見通しは悪く、交差点南西角に大型偏角ミラーが設置されていたこと、周囲は住宅地であり、自動車の通行量はそれほど多くなかつたこと、被告平野は、営業用普通乗用自動車を運転し、最高速度が毎時三〇キロメートルに制限された南北に通じる道路を、扶桑通り方面(北)から五日市街道方面(南)に向け時速約四〇キロメートルで進行し、本件交差点に差しかかつたこと、被告平野は、見通しの悪い本件交差点に進入するに際しては、徐行のうえ、前方右側角に設置された前記大型偏角ミラーを利用するなどして左右の交通の安全を確認すべき注意義務があつたのに、これを怠り、漫然前記速度のまま本件交差点に進入した過失により、交差道路左側から進行してきた訴外平賀(当時一三歳)運転の子供用自転車(原告が同乗中)の発見が遅れ、急制動の措置をとつたものの間に合わず、自車前部を右自転車に衝突させたこと、訴外平賀の進行道路には一時停止の標識があり、路面に「止まれ」の表示が記載されていたが、同訴外人は一時停止することなく交差点に進入したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する被告平野本人尋問の結果は措置できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、本件事故は、被告平野と訴外平賀の各過失が競合して起きたものということができる。
二 成立に争いのない甲第七、第八号証によれば、原告(昭和四二年三月二〇日生)は、本件事故により頭頸部外傷、顔面挫創、上顎骨々折、歯欠損の傷害を負い、昭和五〇年五月四日から同月一八日まで田中脳神経外科病院に入院(一五日間)し、同月一九日から同年七月三日まで同病院に通院(実日数七日間)したほか、同年八月二〇日から同月二九日まで菊田歯科医院に仮義歯作成のため通院(実日数四日間)していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
三 請求原因2(一)の事実は、前認定のとおりこれを認めることができ、同(二)の事実は、当事者間に争いがないから、被告らはいずれも原告に対する損害賠償義務(ただし、過失相殺については後述する。)を免れない。
四 原告の損害について判断する。
1 破損した自転車代
原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第二回)によれば、本件子供用自転車は原告のために事故の約一年前に金一万五〇〇〇円で購入したものであり、事故当時の時価は金一万円を下らなかつたところ、本件事故により破損し使用不能になつたことが認められるから、原告は金一万円の損害を蒙つた。
2 入院雑費
前認定のとおり、原告は一五日間入院しており、原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第二回)によれば、入院雑費として一日当り少くとも金七〇〇円の出費を余儀なくされたものと認められるから、原告は金一万〇五〇〇円の損害を蒙つた。
3 入通院交通費
原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第一一号証及び同尋問の結果(第二回)によれば、原告方から田中脳神経外科病院まで片道タクシー代金三三〇円であり、原告方から菊田歯科医院まで電車、バス代金三五〇円であり、家族の交通費を含め合計金一万九、六〇〇円の出費をしていることが認められるが、前認定の入通院の経緯に照らし、そのうちタクシー代として八往復分金五、二八〇円、電車、バス代として四回分金一、四〇〇円の合計金六、七八〇円を本件事故と相当因果関係ある損害と認める。
4 将来の義歯代及び処置料
原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第四、第一〇号証及び同尋問の結果(第二回)によれば、原告は、前歯の永久歯三本が欠損し、現在仮義歯を着用しているが、成人の骨格になれば本義歯を入れることになつていること、本義歯の持続期間は約一〇年程度であり、一回の義歯代及び処置料は金六〇万円を下らないこと、原告は、昭和五七年三月新たに仮義歯を作りかえていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告は、将来四回分の本義歯の作りかえの損害を主張しているところ、第一回目の本義歯着用を満一八歳時(右認定のとおり、原告は最近仮義歯を作りかえたばかりであるので、第一回目の本義歯着用を満一八歳時とした。)とし、第二回目を満二八歳時、第三回目を満三八歳時、第四回目を満四八歳時として、一回の費用金六〇万円で本件事故時の現価(将来の義歯代等の値上りも考慮し、単利で中間利息を控除する。)を算定すると、将来の義歯代及び処置料は次のとおり金一一四万円となるから、原告主張の金一一一万七、九二二円は損害として認められる。
一八歳時 600,000÷(1+0.05×10)=400,000
二八歳時 600,000÷(1+0.05×20)=300,000
三八歳時 600,000÷(1+0.05×30)=240,000
四八歳時 600,000÷(1+0.05×40)=200,000
合計 1,140,000
5 逸失利益
原告が自賠責後遺障害別等級表一四級に該当する後遺症の認定を受けていることは、当事者間に争いがないが、原告の歯欠損、義歯着用という後遺症が将来の原告の労働能力にどのような影響を及ぼし、そのためどの程度の減収をきたすのかは、本件全証拠によるも定かでない。原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第二回)によれば、原告は現在全寮制の高等学校に就学しているが、発声については一般的に問題はなく、主に美感の点で劣等感をもつのではないかと心配している旨を述べているのであり、原告の受ける不利益は後記慰謝料で斟酌するのが相当である。
したがつて、本件においては、原告の後遺症による逸失利益を認めるに足りる証拠はないことに帰する。
6 慰謝料
原告の傷害の部位・程度・入通院期間、後遺症の部位・程度(特に前記のとおり逸失利益を算定しないこと)、本件事故の発生年月日及び態様、その他記録から認められる一切の事情を考慮すると、原告の慰謝料としては金八〇万円(入通院関係分金三〇万円、後遺症関係分金五〇万円)をもつて相当と認める。
五 過失相殺について判断する。
前認定のとおり、本件事故は、被告平野と訴外平賀の各過失が競合して起きたものであり、前認定の事故の態様、その他諸般の事情を考慮すると、訴外平賀の過失割合は二五パーセントと認めるのが相当である。
原告法定代理人地原康家の尋問の結果(第一回)によれば、原告と訴外平賀とはいとこ同志であり、同訴外人が原告方に泊りに来て公園に遊びに行く際に本件事故が起きたことが認められるところ、同訴外人の過失を被害者側の過失として原告との関係で過失相殺することに原告は争わないので、原告の損害について二五パーセントの減額をすることとする。
原告の損害は、前記四の損害額金一九四万五二〇二円のほか、被告主張のとおり治療費、付添看護費として金四六万二九三七円の支払がなされていることは当事者間に争いがないので、合計額金二四〇万八一三九円から過失相殺二五パーセントを控除すると残額は金一八〇万六一〇四円(円未満切捨)となる。この金額から既払額合計金九五万七六〇七円を控除すると残損害額は金八四万八四九七円になる。
六 原告が本件訴訟の提起、遂行を原告訴訟代理人弁護士に委任して行つてきたことは当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易、前記認容額、訴訟の経緯、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては金一五万円をもつて相当と認める。
してみると、被告らは各自原告に対し、損害金九九万八四九七円及び内金八四万八四九七円に対する本件事故発生日である昭和五〇年五月四日から、内金一五万円に対する(弁護士費用についての遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日とするのが相当である。)被告会社は訴状送達の日の翌日である昭和五六年六月二六日から、被告平野は訴状送達の日の翌日である同年七月六日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
七 よつて、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 武田聿弘)